色褪せぬまま 見上げ歩くよ

煌びやかな世界の端っこ

ファンからジャニヲタになろうと決心するきっかけになった、鉈切り丸大千秋楽の話をします。

 

 もう何事かと。一言いうならそれだけだった。

 

11月30日にブログを更新しようと11月の初旬から思っていました。内容は、鉈切り丸のことです。もそもそ書き綴ろうと思っていた矢先に、まさかの鉈切り丸のDVD&ブルーレイの発売決定。ずっと心待ちにしていた映像化でとても嬉しくて、発表されたときは運転に集中できませんでしたとも。

 

表題の話

というわけで、去年の今日、鉈切り丸東京大千秋楽だったので、その時に思った話をしたいわけです。

私の中で、ファンとジャニヲタに違いは「アイドルに掛ける情熱の差」という認識です。かなり偏っているとは思いますが、その認識で私の価値観が変わった日の話をしたいと思います。

 

全てのきっかけ

去年の10月の初旬、職場の問題ごとで疲労感が溜まった私は、仕事を辞めようかとすら考えるようになっていました。しかし、就職して1年が経っていないこともあり、その期間で仕事を辞めることはできないので、どうにか気分転換をと旅行に出かけようと思いました。

 

生まれた場所が孤島ということもあり、県外に一人で出たことが無かった。見知らぬ土地に一人でに行くことは怖いと思っていたし、たった一人で行きたいと切実に思ったことが無かった。

旅行に行こうと決めたが、目的は全くなかった。ぼうっと、どうにか気分転換をしたいと思っていた。そんな矢先、森田さんの「舞台 鉈切り丸」のワイドショーの画像を見たのだ。

 

現状の私

この時期の私は「V6のファンになろう」と決めて、V6を意識し始めたが、好きというだけでずっと追いかけているわけではなかった。8月にV6のファンになってから初めてのシングル、「君が思い出す僕は 君を愛しているだろうか」をリリースし、それを1枚だけ買って、満足していた。V6が出る雑誌も特に買おうとも思っていなかったが、テレビに出るというのならその日を楽しみにわくわくする毎日を送っていた。

 そんな私は、V6のメンバーが舞台をやるということを知らなかった。そもそも、アイドルが舞台。アイドルって舞台をやるのか?と疑問をその画像を見て思った。

この時は情報収集に疎く、ファンクラブの存在すらわかっていなかった私である。身近にジャニヲタという知り合いがおらず、全てが手探りのまま、私はジャニーズに興味を抱いた結果がこれだった。

私はV6のファンになって日が浅かった。そして、生まれた土地柄、ライブや舞台などを見に行ったことが、生まれて20年以上経つのに無かったのである。ただでさえアニメやゲームにしか興味が無く、ジャニーズがライブでやってくることも滅多にない、尚且つ舞台を見に行くような習慣もなかった。つまり、私は完全に無知だった。

 

話を戻して、10月の段階で、鉈切り丸は公演すら始まっておらず、どうやら森田さんは大阪公演の宣伝に生瀬さん達と一緒に囲み取材を受けた様子が、ワイドショーに流れたらしい。その森田さんを見て、ふと決まった。舞台を、ジャニーズの舞台を見てみよう。

 

"参戦"を決意する

 舞台を「参戦」と言っていいのかわからないが、ほかに見当たる言葉が無かったので、今回は「参戦」という言葉を使ってみる。

旅行に関して右も左も分からず、尚且つジャニーズに関する舞台やライブを見たことが無い人間が、一人でどうにかしようとするのは無謀に近かった。しかし、私はどうにかストレスを発散させたかったし、何よりも自分がファンになると決めたグループの舞台が見たかった。

仕事に頭を悩ませながら、家に帰ってきては一人で唸りながら飛行機を予約し、ホテルを予約する。そして、肝心のチケットもどうにか譲ってもらうことになり、私の参戦が現実味を帯びてきた。

私が生まれた土地は、雪が降らない場所だった。冬でも15度を下回ることは基本的にない。そんな場所で育ってきた私が、11月の東京で生きていけるかはわからなかったがそこはもうノリだった。どうにかなる、どうにかしてくれ。そんな希望を込めながら、11月30日がやってきた。

 

一人旅行の幕開け

妹と母親に見送られ、初めての一人旅行は始まった。飛行機に乗るのは修学旅行くらいなもので、挙動不審になりながらも、東京への飛行機に乗り込んだ。1時間半かけて舞い降りた羽田空港の気温は10度を下回っており、気温が20度以下になるだけで「凍え死ぬ」と騒ぐ私であったが、この時は旅行の妙なテンションによって寒さを全く感じなかった。

渋谷までのバスを利用しようと、空港で1時間半迷子になった私が学んだことといえば、分からなかったら素直に人に聞け、だ。 意地を張って自分でどうにかしようと思った結果、1時間半の迷子になったのだ。今思えばとてももったいないことをした。

バスに揺られ、自分でびくびくしながら予約したホテルへと向かった。本当に予約できているか不安だったが、きちんと予約ができており、部屋もゆったりとした広さで、拠点にするにはとてもいい場所だった。

キャリーバックを部屋に置き、必要な荷物だけを鞄に仕舞い、鏡を見る。そこに移った私は、いつもよりちょっとだけ成長したように見えたのを覚えている。

ホテルから鉈切り丸が公演する劇場までは約15分ほどとグーグルマップは私に告げた。しかし、地方から出た田舎の人間が15分で辿り着けるはずもなく、小さな問題をどうにか押し切って*1、私は30分以上を掛けながら、劇場に到着した。私の初めての現場、東急シアターオーブである。きっと、この劇場の名前は一生忘れることはないだろう。

 

 初めてファンというものを見る

 ここではファンと言っているが、私がそれを見た時の率直な感想がこれだった。

東急シアターオーブの劇場エントランス。広い開放感のあるそのスペースが、たくさんの人で埋め尽くされていた。その人数にただただ驚いて、言葉を失った。そして、そこでやっと気づいた。ファンは私だけではない。この公演を楽しみにしている人は私と同じく、V6のファンが殆どなのだと。

周りにジャニーズを好きな知り合いがいなかった。土地柄、オフ会も参加したことが無かった。職場でも、V6は今ほど知名度があったわけでもなく、ジャニーズと言えば直結で嵐という言葉しか出てこなかった場所に居た私は、人の多さに驚愕したのだ。こんなにたくさんのファンがいるんだ。それと同時に、自分が場違いなような気がして、恥ずかしくなった。

係員に誘導されながら、恥ずかしさでいっぱいになった私は席に着いた。静かながらも熱気が蠢いている劇場内は初めての私には不釣り合いのような気がして、うつむいた。舞台の観劇のマナーは何度も読み返したから、大丈夫だ。そう自分に言い聞かせながら、小さく息を吐いた。怖かった。一人はやっぱり怖かった。そんな私の後ろめたい気持ちをさらったのは、三宅健だった。彼のおかげで、私は鬱々とした気持ちをすっぱり忘れ去り、人生初の舞台の鉈切り丸にのめり込んだ。

 

鉈切り丸 

今更ですが、ネタバレを含みます。

鉈切り丸

大まかな内容は以下で確認をお願いします。


V6・森田剛主演『鉈切り丸(なたぎりまる)』情報 - NAVER まとめ

あと、DVD・ブルーレイが出ますので、興味がある方はぜひぜひどうぞ!!!


鉈切り丸 DVD&ブルーレイで12月発売!|PARCO STAGE

  

感想を一言で表すなら、圧倒された舞台だった。

 二幕構成で、公演時間が3時間20分。休憩時間が20分あり、とても長いといわれていた。しかし私はそれを感じないほどに見入った。

 小さな背中を丸め、足を引きずり、舞台を駆けずりまわる。杖を突き、小柄な体をいっぱいにつかって歩いたかと思えば、殺陣のシーンになれば息を呑むほど鮮やかに、そして軽やかに動き出す。立っているのですら、大変そうに見えるその四肢を存分に使うその演技に脱帽した。人間は、あそこまで役というものに入り込んで元ある自分を消し去れるのかと。

一幕の序盤から瘤のついた背中と覚束ない足をで斬り合いが始まる。 私は、源平物が大好きである。歴史の史実ものめり込むほどに勉強した経験もある。だからこそ、ストーリーを全く知らなくても、ついて行けると思って鉈切り丸に関しての予習もせずに席に座って開幕するのを待った。落ち着いて観ていられると思った。それをいともたやすく、舞台が始まって5分そこらでその余裕を全て奪い去った。

「この先どこに逃げようと、この国は鉈切り丸の支配下となる!」掠れた声が、首を掻き切られ死に絶えた体と、逃げていく巴の姿を見て叫ぶ。雷鳴が鳴り響いたかと思うほどの光と音の中、タイトルの「鉈切り丸」という文字が下りてくる。ぎゅっと自分の手を握った。私は、素晴らしい舞台の世界の一部にいた。

 

源範頼こと、鉈切り丸は酷い人間で自分の利益、自分が歴史に名を刻むことを信念としていてその為には血の繋がった人間だろうが利用して、簡単に殺してしまう。自分の名を刻むために。それだけのために、びっこを引きずって、醜い顔で相手に笑われながらも言葉巧みに取り入り、そして刀を振るう。

兄である源頼朝の前では猫をかぶったように大人しく、兄を奉り、征夷大将軍になるまでを裏で笑う。北条政子と兄を欺き、糸を引いていることに優越を覚えながら、範頼は酒を煽る。

舞台が進むにつれ、範頼の本性が見え隠れする。醜いと蔑まれ、びっこと馬鹿にされ、瘤のせいで相手にされず。そんな自分が欲しいと思った巴を手に入れた範頼の欲望は加速する。邪魔な人間を一人、また一人と失墜させ、消し去る。

 

内容は相当ハードなものだった。血塗れの劇なのだ。鉈切り丸の欲望が実を結べば結ぶほど、血が流れる。血なまぐさい鉈切り丸の歩む道を、一言で醜いとは言えなかった。あのとき抱いた感情は、「すごい」の三文字だった。語彙力の無い私でも、舞台を彩る言葉はもう少し持ち合わせているつもりだった。それでも、「すごい」だけしか浮かばなかった。

私はアイドルの舞台を観に来たつもりだった。森田剛は煌びやかな世界で歓声に包まれたステージで踊っているものだと、ずっと思っていたし、アイドルはそんなものだと思っていた。ドラマや映画で色んな役を演じるのは当たり前だと分かってはいたが、目の前で色づく生の演技にアイドルという言葉の意味を見失った。アイドルじゃない。彼はアイドルという言葉だけでは収まらない。森田剛は、すごい人間だ。

 

醜いと言われ、娶った妻からも否定され続ける範頼。可哀想な人間だと思ったし、何かが足りていないのだと思った。それは、母の愛だった。母親に捨てられた範頼は、何よりも愛に飢えていた人間に私は見えた。

身ごもった巴の腹を撫でた後、膝を枕にして寝そべるシーン。その時、呟いた言葉を聞いたとき、無性に泣きたくなったのを覚えている。

巴「やや子が待ち遠しいのですか」

範頼「あぁ、どんなのが生まれようが、俺より醜くないだろう」

 可哀想な人だ。それはもう、可哀想な人だ。巴の腹を撫で、巴に甘えている範頼の姿は、子供を待ち侘びる親というものになりたかったんじゃなくて、鉈切り丸と言う名の自分でも人としてやっと同じ道を歩き始めたんだ、と噛み締めているように感じた。だからこそ、範頼の歩む未来には闇しかないことが本当に可哀想で、鼻をすすった。

 

数々の思い出に残るシーンがある。源頼朝を演じる生瀬さんの、張りつめた空気をやんわりと和らげるやりとりは何度も笑わせてもらったし、頼朝が出るたびに安心する自分がいた。 現代の言葉を使ったりもしていたけれど、それすらも気にならないほどにすらすらと受け入れられたし、笑う演技をする場所としっかり締める場所のメリハリはとても魅力的だった。

殺陣も息を呑んだ。これは一度撮れば終わりの映画ではない。何度も何度もやり込んだその動きを、公演の度に何度も殺陣が行われるのかと思うと、ゾクゾクした。レベルが違う。振るう刀には明確な意志が宿っていたし、対する相手に向けられた目は殺意が灯っていた。

 

クライマックスは、悲しい男の最後の声だった。

自分の生まれた意味を知り、鉈切り丸と名付けられた理由を知り、耳にこびりついて離れないあの音の真意を知り、最後には仲間にしたはずの男に裏切られ、醜いまま死んでいく。鉈を振り回し、蓮田の泥と蓮に足をとられる鉈切り丸の姿は、一幕の序盤で見た男とは全く違っていた。これまでのことは歴史に残らない。お前の名は歴史には残らないと政子から告げられた鉈切り丸の叫び声が、私の意識の奥にまだ沈んでいる気がする。歴史に名を残すため、己の生きた意味を遺すために今まで奔走した自分の人生はなんだったのか。空に浮かんだ、見えない鳶に手を伸ばし、哀れな男は喘いだ。

「俺は愚かか?惨めか?すべての人間の返り着く場所が見えるか?俺は違うだろう。俺は土に返るべきじゃないだろう。

なぁ鳶、お願いだから羽をくれ。歴史に名が残せないのなら、せめて俺を空に帰してくれ」

水の中でもがき、醜い体を晒し。空に手を伸ばした鉈切り丸は、無様に倒れ、死んでいく。

勿論鉈切り丸に温情など掛けられない。死体は墓に入れられることなく、バラバラにして海に捨てられる。 醜い体に生まれ、愛に飢え、自らの行く末だけを望み続けた男は、最後も可哀想だった。

 

圧倒された。口の中が乾き切り、拳は爪のあとが付くほど無意識に握っていた。パッと電気がついた後にキャストのカーテンコールの姿を見て、現実に戻れない自分がいた。凄い熱量を受けたら、人間は何の感想も抱けない。言葉が出てこない。この舞台は、なんだ。舞台って、なんだ。そんな先の見えない自問自答は、森田剛の声にかき消された。

水に塗れた体で、しわがれた声を出していた彼は、恥ずかしそうに「みなさん今日は本当にありがとうございました。この日を迎えることが出来てすごく嬉しいです。明日からは12月になります。寒くなるのでみなさん風邪を引かないように気を付けてください。では、よいお年を。」と挨拶を飾った。さっきまで、醜くもがいていた鉈切り丸とは思えない言葉だった。

こんなにも心を揺さぶられ、脳裏に焼き付いて離れないものを見たのは初めてだった。初めてV6のLIVE DVDを見た時に感じた熱とは明らかに違ったもの。舞台の袖に立ち、鉈切り丸として演じていたときには一切伸ばさなかった体をしゃんと伸ばし、これまた恥ずかしげに手を振る森田剛を見た時、気づかされた。舞台とはナマモノで、観たものにしかこの熱を知ることができないのだと。

 

ジャニヲタになろう。

もっともっと、森田剛を知りたいと思った。テレビに映るものだけじゃ足りない。踊る姿も、歌う声も、演じる意志も、語る言葉も、知りたいと思った。

そう思うと、自分はV6のファンだと思っている割に、V6の活動を追いかけていなかったことに気付いた。その間にも自分の知らない事が起こっていたのかと思うとそれが猛烈に悔しかった。お前ファンになるって言っただろ!!ちゃんと追いかけろよ!!!そんなことを思いましたとも。行き場のない怒りをどこに向けるかというと、これから先はもうしがみついてでも追いかけようと思ったわけです。

生まれて初めて映画の専門誌を買ったり、音楽の雑誌が入荷されるのを今か今かと待ち侘び、地元で入荷されない雑誌を見かければAmazon様に毎度毎度お世話になったり、給料が入ってからすぐにファンクラブに入会したりと、日夜V6のことばっかり考えていました。

もうね、追いかけると決めたらあとは転がり落ちるより簡単でした。楽しいのよ、アイドルを追っかけるって。仕事で嫌なことあっても、応援している人間が新しい映画に出ます!って情報を見かけるだけで、有頂天になったり、気分が落ちていても、LIVE DVDを見るだけで、かっこよさに打ちひしがれて楽しめるんですもん。あーーもう絶対仕事辞める!!って思っても、新しいCD出します!って言われたら買いたいから頑張って仕事しようって意気込むんですよ。楽しいんですよ。ほんっとに。

 

総括

 この文章書いていたら、あの日の事を思い出して体が熱くなってきました。もうそろそろ冬ですが、扇風機を引っ張り出して、風を受けながら書いています。暑いです。あの時の事を思い出すとどうも熱くなり過ぎるのが悪い癖です。楽しいから治せない。困る。

こう考えると、V6の存在を思い出した全ての始まりは4月29日の岡田准一主演の図書館戦争で、V6を知ろうと思ったのは5月上旬の興味心、V6のファンになろうと決心したのはV6 live tour 2011 Sexy.Honey.Bunny!wii~OKの流れで、そして本当の意味でファンというジャニオタになったのは、11月30日の森田剛主演の鉈切り丸なわけ、案外本気になるには時間がかかったなぁと……。

もうこの際だからぶっちゃけちゃうんですけど、11月29日…いや、11月30日の鉈切り丸を見る寸前まで、森田剛が怖かったんですよ。いまいちよく分からないんですけど、まあ単純に見た目かと。ヤンキーっぽいのがあんまり好きじゃなかったんです。それが鉈切り丸を見た瞬間どうなったと思います?森田剛大好き人間になったんです。もう本当に人間何がきっかけで変わるかわからない。でも、実際に見た方がその人を知ることができるんですよね。

 

12月はブエノスアイレス午前零時を観劇するために東京に行きます。去年に比べると明らかに現場に行く回数が増えている。そして躊躇いも無くなってきた。テレビの前で我慢できる私はもういない。

 

 つまり何が言いたいかというと、とりあえず現場行こうぜ!!!!!ってことです。 以上、五月蝿いジャニオタ一年生の戯言でした。

 

 

 ここからさきはもう上の話とは関係ないんですけど、私は当分鳥を見るたびに、「なぁ鳶…」と空を見上げる遊びをしていた馬鹿です。

初現場が舞台だったんです。しかも人気の舞台の千秋楽。今考えると馬鹿なのかと。千秋楽の意味も知らずに入ってしまって申し訳ない気持ちでいっぱいです。キャストの皆様方の最後にかける思いはとても素晴らしいものでした。おかげで私は、今までにないほど拍手した結果、両手が筋肉痛になりました。人差し指をちょっと怪我してて、かさぶたが出来ていたんですが、傷が開いて血まみれになりました。興奮すると周りが見えなくなるとはこのことです。

 

文中に、

そんな私の後ろめたい気持ちをさらったのは、三宅健だった。彼のおかげで、私は鬱々とした気持ちをすっぱり忘れ去り、人生初の舞台の鉈切り丸にのめり込んだ。

 と書いたんですが、唐突に表れた三宅健の三文字にびっくりしたと思います。私もびっくりしたんです。

鉈切り丸を観たいけど、安易な気持ちで来てしまって申し訳なくて帰りたいと思っていた私の目の前を、紺系のパンツに黒い帽子にマスク姿の三宅健が横切ったんです。場内は騒然として、お隣のお姉さんは「やっぱり来ると思った」と呟いていたことは覚えています。厳かな雰囲気だった場内が、ガラッと変わって、私には舞台がちょっとだけとっつきやすいものに思えたんです。そのおかげで、舞台に思いっきり集中することができたわけです。そう考えると三宅健様々です。

 

 11月30日はとても濃い良い1日だったなぁ。鉈切り丸大千秋楽から今日で1年。ふと思い出してだらだら書いてみました。読んでくださった方には感謝の言葉でいっぱいです。

*1:グーグルマップを見ながらきょろきょろしていた私はいい獲物だったのか、渋谷駅の目の前で、ドラマに出るような普通のお父さんのような風貌をした男性に声を掛けられ、人生初めての援交の誘いを受けて唖然した。東京は、怖い街である。